大阪地方裁判所 平成8年(ワ)6753号 判決 1998年6月29日
原告
甲野花子
右親権者法定代理人父
甲野一郎
右親権者法定代理人母
甲野春子
外二名
右原告三名訴訟代理人弁護士
中村雅行
被告
橘高師
右訴訟代理人弁護士
島津和博
主文
一 被告は、原告甲野花子に対し、金一億四七二九万〇六九二円及びこれに対する平成五年七月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告甲野一郎及び同甲野春子に対し、それぞれ金二八〇万円及びこれに対する平成五年七月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、これを五分し、その四を被告の負担とし、その余は原告らの負担とする。
五 この判決は、第一項及び第二項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
一 被告は、原告甲野花子に対し、金一億七六九五万九七一九円及びこれに対する平成五年七月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告甲野一郎及び同甲野春子に対し、それぞれ金五五〇万円及びこれに対する平成五年七月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、普通乗用自動車と衝突した足踏み式自転車の運転者が、普通乗用自動車の運転者に対し、自動車損害賠償保障法三条、民法七〇九条に基づき(選択的)また、右自転車の運転者の両親が普通乗用自動車の運転者に対し、民法七〇九条、七一〇条に基づき、損害賠償を請求している事案である。
一 争いのない事実等(証拠により認定する場合には証拠を示す。)
1 本件事故の発生
(一) 発生日時 平成五年七月七日午後七時五五分ころ
(二) 発生場所 大阪市旭区中宮<番地略>先路上(以下、「本件事故現場」という。)
(三) 加害車両 被告が運転する普通乗用自動車(登録番号<省略>、以下、「被告車」という。)
(四) 被害車両 原告甲野花子(以下、「原告花子」という。)が運転していた足踏み式自転車(以下、「原告自転車」という。)
2 責任原因
被告は、本件事故当時、被告車を自己のため運行の用に供していた運行供用者であり、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により、原告が本件事故により被った損害を賠償すべき義務がある。
3 原告花子は、本件事故により、頸髄損傷等の傷害を受けた(甲二ないし四)。
4 治療経過
(一) 原告花子は、平成五年七月七日から同年八月三一日まで(五六日間)城北市民病院に入院した(甲二)。
(二) 原告花子は、平成五年八月三一日から平成六年三月二六日まで(二〇七日間)星ヶ丘厚生年金病院に入院した(甲三)。
5 原告花子は平成六年三月二六日に症状固定と診断され、上肢不全麻痺、下肢完全麻痺、膀胱直腸障害の各自覚症状、左肘の屈曲を除き、第五頸髄節以下の筋力の完全麻痺等の各他覚的所見を伴った頸髄損傷と診断され(甲三、四)、自動車保険料率算定会において自賠法施行令第二条別表の後遺障害別等級表一級三号に該当する後遺障害を残した旨の認定を受けている。
6 損害のてん補
(一) 原告花子は、傷害分として日動火災海上保険株式会社から一九〇万六二一九円、後遺障害分として三井海上火災保険株式会社から三〇〇〇万円の合計三一九〇万六二一九円の支払を受けた。
(二) 被告は、原告花子の職業付添人の付添費につき、一二〇万円を原告花子に代わって支払った(乙四)。
二 争点
1 事故態様(免責の成否・過失相殺)
(被告の主張)
被告は、青信号に従い、本件道路を進行していたところ、原告花子が歩行者専用赤信号を無視して道路を横断してきたため、これを避けることができず本件事故が発生したのであって、被告には過失がなく、かつ、被告車には構造上、機能上の欠陥もなかったのであり、被告には責任がない(免責の抗弁)。
また、仮に被告に前方不注視の過失があったとしても、本件事故は信号を無視した原告花子の過失が重大であり、大幅な過失相殺がなされるべきである。
(原告らの主張)
被告は、対面信号が赤にもかかわらず、前方不注視のまま制限速度を大幅に超過した速度で進行し続け、折から青信号に従い横断歩道を横断中の原告自転車に被告車を衝突させたのであるから、本件事故は、被告の一方的過失により発生したものであり、原告花子に過失はない。
原告甲野一郎(以下、「原告一郎」という。)及び同甲野春子(以下、「原告春子」という。)は、いずれも本件事故によって原告花子が死亡にも比肩すべき重篤な傷害を受けたことにより深刻な精神的苦痛を被っているから、被告には、原告一郎及び同春子に対しても、民法七〇九条及び七一〇条に基づく損害賠償責任がある。
2 原告花子の損害額
(原告花子の主張)
(一) 治療費
合計一五六万四七〇〇円
(1) 城北市民病院入院分
八五万三六一〇円
(2) 城北市民病院通院分
一万二九九〇円
(3) 星ヶ丘厚生年金病院入院分
六九万二五四〇円
(4) 星ヶ丘厚生年金病院通院分
五五六〇円
(二) 入院付添費(星ヶ丘厚生年金病院分) 合計二一一万三七五五円
(1) 近親者付添費 六五万円
原告花子が星ヶ丘厚生年金病院に入院中、職業付添人が付き添いできなかった一〇〇日間は原告一郎、同春子のいずれかが付き添った。その費用として、一日当たり六五〇〇円が相当である。
(2) 職業付添人付添費
一四六万三七五五円
(三) 将来の介護費用
合計九六四七万一〇三九円
(1) 近親者による介護費
三三四六万一二六五円
原告花子は、平成六年三月二六日の症状固定時満一五歳の女子であって、その翌日以降六八年間生存すると考えられ、かつ、原告花子は終生日常生活上の基本的動作全般にわたり常時他人の付添介護を要する。そして、近親者による付添介護が可能なのは、原告一郎が満六七歳に達するまでの二一年間であり、介護料は一日六五〇〇円が相当であるから、右額を基礎に新ホフマン方式で中間利息を控除した標記金額が相当である。
(計算式)6,500×365×14.1038=33,461,265(一円未満切り捨て)
(2) 職業付添人による介護費
六三〇〇万九七七四円
原告一郎が付添可能な期間は平成二七年までの二一年間であり、その後の四七年間は職業付添人による付添が必要である。そして、職業付添人による付添に要する費用は一日一万〇七〇〇円が相当であるから、右額を基礎に、新ホフマン方式により中間利息を控除した標記金額が相当である。
(計算式)10,700×365×(29.2496−13.1160)=63,009,774(一円未満切り捨て)
(四) 雑費
合計一一〇一万八〇〇四円
(1) 入院雑費 三四万一九〇〇円
入院期間二六三日間にわたり、一日当たり一三〇〇円が相当である。
(計算式)1,300×263=341,900
(2) 将来の雑費
一〇六七万六一〇四円
原告花子は、前記のとおり、常時他人の介護を必要とし、健常者が通常必要としない特別の出費が必要である。右出費としては、一日一〇〇〇円が相当であり、右金額を基礎として、前記退院の翌日以降六八年間の雑費を新ホフマン方式で中間利息を控除した標記金額が相当である。
(計算式)1,000×365×29.2496=10,676,104
(五) 介護用具費
合計一八九万一七七六円
(1) 電動車椅子 二三五〇円
(2) パソコン 三一万四〇〇〇円
(3) ポータブルスプリングバランサー 五一万二九四〇円
(4) 頚椎装具 二万五五八六円
(5) テーブル 二万一四〇〇円
(6) 介護用ベッド
六三万九〇〇〇円
(7) ベッドマットレス
三万六〇〇〇円
(8) エアーマット・エアーポンプ
九万三〇〇〇円
(9) ベッドサイドテーブル
二万七〇〇〇円
(10) 車椅子用レインコート
一万〇五〇〇円
(11) 入浴用椅子 二一万円
(六) 自宅改造費
合計八八二万円
(1) ホームエレベーター
五一〇万円
(2) 水平トランスファーシステム
三〇〇万円
(3) (1)(2)の諸経費・消費税
七二万円
(七) 車両代
合計三三一万五五〇〇円
(1) ワゴン車 二四〇万五〇〇〇円
(2) 昇降リフト 六七万五〇〇〇円
(3) カーテンセット等
二三万五五〇〇円
(八) 逸失利益
四六二四万四五六〇円
原告花子は症状固定当時一五歳であり、中学生であった。そして後遺障害等級一級三号該当の後遺障害により原告花子はその労働能力を六七歳までの四九年間にわたり一〇〇パーセント喪失した。したがって、平成六年賃金センサスの産業計・企業規模計・学歴計・女子労働者(一八歳から一九歳)の平均年収額二一〇万四八〇〇円を基礎として右四九年の逸失利益を新ホフマン方式により中間利息を控除した標記金額が妥当である。
(計算式)2,104,800×(25.5353−3.5643)=46,244,560(一円未満切り捨て)
(九) 慰謝料 合計二八六二万円
(1) 入通院慰謝料 二六二万円
(2) 後遺障害慰謝料 二六〇〇万円
(一〇) 弁護士費用 一〇〇〇万円
(一一) 損益相殺
(被告の主張)
(1) 原告一郎は、平成五年一二月から、大阪市より、特別児童福祉扶養手当として月額五万〇三五〇円の給付を受けており、右給付は原告花子の損害をてん補するものとして控除されるべきである。
(2) 原告花子は、平成六年一一月一四日から、自動車交通事故対策センターより、介護料として日額二〇〇〇円の給付を受け、また、今後職業付添人の付添を受ける際には、日額四〇〇〇円の給付を受けることができるのであり、右給付は原告花子の損害をてん補するものとして控除されるべきである。
(3) 原告花子は、二〇歳に達した後は、年額九九万九四〇〇円の障害基礎年金の給付を受ける予定であり、右給付は原告花子の損害をてん補するものとして控除されるべきである。
3 原告一郎及び同春子の損害(同原告らの主張)
(一) 慰謝料 各五〇〇万円
(二) 弁護士費用 各五〇万円
第三 当裁判所の判断
一 争点1(事故態様)について
1 前記争いのない事実等、証拠(甲一六、一九、二〇、二四、検甲二〇ないし二三、乙一ないし三、五(後記信用しない部分は除く。)、原告花子本人、原告春子本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。
(一) 本件事故現場の状況
(1) 本件事故現場の概況は、別紙交通事故現場の概況(三)現場見取図(以下、「別紙図面」という)の通りである。現場は、南北にのびる歩車道の区別があり、中央分離帯のある片側二車線の道路(歩道部分を除く幅員約一五メートル。以下、「南北道路」という。)とこれとほぼ直角に交わる東西にのびる歩車道の区別のある道路(歩道部分を除く幅員約四メートル。以下、「東西道路」という。)とによって形成されている、信号機による交通整理の行われている交差点(以下、「本件交差点」という。)であり、南北道路の制限時速は時速五〇キロメートルである。
(2) 南北道路は交通量が多く、三分間に約三〇台の自動車が通過する状態である上、本件事故現場の北方に完成した菅原城北大橋(有料)まで高速運転をする車両が多い。
(3) 本件交差点に設置された信号機の周期は一周期が一〇〇秒であり、本件事故当時、南北道路の車両用信号の周期は青五〇秒、黄色三秒、赤四四秒、全赤三秒であり、これに対応する東西道路の歩行者専用信号の周期は赤五六秒、青二八秒、青点滅八秒、赤五秒、全赤三秒であった。
(4) 本件事故の少し前から、雨が降り始めていたが、本件事故当時、路面はほとんど濡れていなかった。右事実は、事故後停止し、実況検分時まで場所を移動していなかった被告車の車体の下の道路部分が、ほぼ乾燥状態であったことにより推認できる。
(二) 事故の状況
原告花子は、平成五年七月七日午後七時五〇分ころ、本件事故現場近くに住む友人の三輪華子宅に誕生日のプレゼントを届けた後、午後八時三〇分から始まる学習塾(旭区高殿にある。)に向かうべく旭区中宮<番地略>の自宅を原告自転車に乗って出発した。原告花子は、右出発間際に雨がポツリポツリ落ちてきたが、傘をさすほどではなかったので、原告自転車の前かごに閉じた傘を入れたまま原告自転車を運転して東西道路を西進し、本件交差点に至った。本件交差点は東西道路の歩行者専用信号(以下、「歩行者用信号」という。)が赤だったため、その間、一旦停止し、原告自転車に乗ったまま別紙図面の地点のほぼ真東の歩道上で歩行者用信号が青に変わるのを待った。その間、南北道路を何台かの車両が通り過ぎた後、それほど待たされることなく、歩行者用の信号が青に変わったので、原告花子はこれを確認した後、別紙図面からへ横断を始めた。一方被告は、勤務を終えて帰宅するため、被告車を運転して南北道路を時速約六〇キロを大幅に超えるスピードで北上して本件交差点付近に至った。被告は、毎日のように被告車を運転して本件事故現場を通っており、また、被告の自宅は旭区生江<番地略>にあるため、本件事故現場から近かった。被告は、本件交差点の車両用信号が赤であるにもかかわらず、前記スピードで交差点に進入しようとして、原告自転車を発見し、急制動の措置を講じたが、の地点で、前記のように横断歩道を通行していた原告自転車の左側面に被告車右前部を衝突させ、原告自転車をの地点まで、原告花子をの地点まではね飛ばし、被告車は④の地点で停止した。
なお、スリップ痕の長さは約四〇メートルに及んでおり、被告車のタイヤは若干摩耗していた。また、傘は閉じられた状態で停止した被告車の右ドアの下付近に落ちていた。
2 ところで、被告は、被告車が本件交差点に進入した時点の南北道路の車両用信号は青であり、原告花子が東西道路の歩行者用信号が赤であるのを無視して横断した旨主張し、被告も被告本人尋問において右主張に沿う供述をし、また、乙五にも同様の記載があるので、以下検討する。
(一) 被告の供述の要旨は、「被告は、南北道路を時速約六〇キロメートルで北上し、別紙図面①の地点で対面信号が青であることを確認し、青信号に従って本件交差点に進入しようとしたところ、②の地点で傘を差して原告自転車を運転していた原告花子が本件交差点の横断歩道を渡ってくるのを認めたので、あわてて急ブレーキをかけたが間に合わなかった。被告の意識としては、被告がはじめて原告自転車を認めたのは、右②の地点よりもっと北側の交差点寄りだったとも思う。路面は濡れていたように思う。」というものであり、乙五にも同趣旨の記載がある上、さらに「本件事故後、原告花子のところに行く際、再度本件交差点の信号を見たが、その際にも、南北道路の車両用信号は青を表示していた。」旨の記載がある。
(二) しかしながら、(1)まず、路面の状態であるが、前記認定どおり、路面はほとんど乾燥していたというべきであり、路面が濡れていたとする被告の供述は明らかに客観的事実に反しており、被告車のスピードについても、右路面状態及び前記認定のスリップ痕の長さからすれば、被告車のタイヤが多少摩耗していたことを考慮しても、本件事故当時、被告は被告車を約八〇キロメートルで走行していたものと推認できる上、被告が原告自転車をはじめて発見した地点についての供述が明確でなく、曖昧であることも併せ考慮すると、被告が別紙図面①の地点で、はたして南北道路の車両用信号を確認したのか疑わしいといわなければならない。(2)また、傘についても、原告花子と同じ程度にとばされていること、事故後傘が閉じられた状態で停止した被告車の下に落ちていたこと、雨がさほど降っていなかったことに徴すると、原告花子は傘を差していなかったというべきであって(原告花子が傘をさしたまま被告車と衝突したとすれば傘は一瞬のうちに原告花子の手から離れ、宙に舞うと考えられるから右認定の如き状態で被告車の下に落ちるとは考えにくい。)、この点についても原告花子が傘をさしていたと明言する被告の供述は客観的事実に反するものである。(3)さらに、本件事故直後、被告が倒れている原告花子のところへ行った際に、南北道路の車両用信号が青であるのを確認した旨の記載部分は、本件事故により驚愕、狼狽しているはずの加害者の態度としてにわかに信用し難い。
(三) 一方、原告花子の供述については、路面状態、傘の開閉について客観的事実とよく整合している上、本件事故直前の信号待ちの状況についても「南北道路を何台かの車両が通り過ぎた後、それほど待たされることなく、歩行者用の信号が青に変わった。」旨の供述部分は、南北道路の車両用信号が三秒間の黄色を表示し、これに引き続き三秒間の赤色を表示した後、東西道路の歩行者用信号が青表示になるという前記認定の信号機の周期とも整合している。また、南北道路は幅員が一五メートルある上、交通量が多く、南北方向の車両用信号が青の時には平均して約三秒に一台の割合で自動車が交差点を通過する状態であったのであり、しかも学習塾の開始時間までには余裕のあった原告花子が、あえて右のように交通量の多い交差点を信号を無視して渡るとはとうてい考えられないのであって、青信号で横断歩道を横断したとする原告花子の供述は十分合理的で信用できるものというべきである。
なお、被告は、原告花子の供述につき、記憶の回復の点、原告春子が信号確認をした際の態度、東西道路の車両用の信号を見たという点、衝突寸前まで加害車両に気づかなかった点等を指摘し、記憶の欠落の疑いがあり、右供述は信用できないと主張する。しかし、記憶回復や、春子の態度については何の根拠もない憶測にすぎないし、車両用の信号を見たという点についても原告花子が東西道路を西進してきたという通行経路からすれば不自然とはいえない。また、青信号であればそれを信頼して周りをよく見ないで横断を開始することは特段珍しいことではなく、被告車に直前まで気づかなかった点や、南行きの車線の状況についてよく見ていなかった点などは、かえって原告花子が青信号で横断したことを裏付けるものである。したがって、右点は原告花子の供述の信用性を左右するものではない。
(四) 右に見た被告の前記供述等と原告花子の右供述を比較検討すると、被告の供述の方がより信用性に劣るものといわざるを得ず、これを採用することができない。
3 以上の認定説示に基づけば、本件事故は、被告が南北道路の車両用信号が赤であるにもかかわらず、赤信号に従って停止する義務を怠った過失によって発生したものであり、原告花子が東西道路の歩行者用信号が赤であるにもかかわらず、これを無視して横断したとの事実を認めるに足りる証拠がないから、かかる事実を前提とする被告の免責の抗弁はその余の点を判断するまでもなく失当であり、また、本件事故は、被告の一方的過失によって生じたものであり、東西道路の歩行者用信号の青表示に従って横断を開始した原告花子には何らの過失も認められないから、被告の過失相殺の主張も採用することができない。
二 争点2(原告花子の損害額)について
1 治療費 一五六万四七〇〇円
前記争いのない事実等、証拠(甲五、七)及び弁論の全趣旨によれば、原告花子は城北市民病院及び星ヶ丘厚生年金病院の入通院費として合計一五六万四七〇〇円支出したことが認められ、右費用は本件事故と相当因果関係を有するものである。(原告花子の主張の通り)
2 近親者付添費 四五万円
前記争いのない事実等、証拠(甲一五、一七、一八、三五、原告春子本人、弁論の全趣旨)によれば、星ヶ丘厚生年金病院入院時においては、受傷の程度及び被害者の年齢を考慮すると、近親者又は職業付添人の付添が必要とされたこと、平成五年八月三一日から同年九月一一日までの一二日間と、同年一二月二九日以降の入院期間(八八日間)は職業付添人の付添がなされなかったこと、右職業付添人がいない日は原告一郎又は同春子が原告花子の付添にあたったことがそれぞれ認められる。その費用としては一日あたり四五〇〇円が相当であるから、本件事故と相当因果関係を有する近親者付添費は四五万円をもって相当と認める。(原告花子主張額六五万円)
3 職業付添人付添費
一四六万三七五五円
前記争いのない事実等、証拠(甲一五、一八、原告春子本人、弁論の全趣旨)によれば、平成五年九月一二日から同年一二月二八日までの入院期間中、職業付添人の付添がなされたこと、そのために一四六万三七五五円支出したことが認められ、右費用は本件事故と相当因果関係を有するものである。(原告花子の主張の通り)
4 将来の介護費用
七八四四万八七二〇円
(一) 前記争いのない事実等、証拠(甲一七、一八、三五、検甲一二ないし一九、原告花子本人、原告春子本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告花子は本件事故により第五頸髄節以下の完全麻痺等の症状を伴う頸髄損傷の後遺障害を残したこと、そのため原告花子は上下肢機能全廃の状態であり、食事、入浴、排便等日常生活のすべてにわたって他人の介助が必要であるほか、夜間に床ずれができないように体の位置を交換してもらう必要があり、外出の際には必ず付添人が付き添わなければならないこと、平成六年三月の退院時以降は専ら父親である原告一郎が介護にあたっていること、原告花子は症状固定時一五歳であったこと、原告一郎は原告花子の症状固定時四六歳であったことがそれぞれ認められる。一五歳女子の平均余命が少なくとも六八年とされていることは当裁判所に顕著な事実であり、原告花子には今後の平均余命期間の生存に疑問を投げかけるような兆候はないのであるから、原告花子は症状固定後少なくとも六八年間は介護を要するものと認められる。そして、右介護に要する労力等を勘案すると、この先原告一郎が六七歳になるまでの間は原告一郎の介護が期待することができるとしても、それ以降については職業付添人の介護を受けざるを得ないものと認められる。
(二) 以上の事実からすると、原告花子は症状固定時から父親が六七歳になる二一年間は父親による付添介護を受ける必要があり、それ以降の四七年間については、職業付添人の介護を要するものと認められる。そして、右介護費用については、後述のように原告花子のために居宅を引っ越し、右居宅においてはホームエレベーター、介護用ベッド等の介護用具がそろえられる予定であること等を考慮すると、父親の介護費用としては一日当たり四五〇〇円程度が相当であり、職業付添人の付添費用としては一日当たり一万円が相当である。
(三) 以上を基礎に、父親が付き添う二一年間についての中間利息及びそれ以降の四七年間についての中間利息をそれぞれ新ホフマン方式によって控除して原告花子の将来の介護料を算定すると以下の計算式の通り七八四四万八七二〇円となる。(原告花子主張額九六四七万一〇三九円)
(計算式)4,500×365×14.104+10,000×365×(29.250−14.104)=78,448,720
5 入院雑費 三四万一九〇〇円
入院期間二六三日にわたり、一日当たり一三〇〇円をもって相当と認める(原告花子主張の通り)。
6 将来の雑費
四二一万二〇〇〇円
前記争いのない事実等、証拠(甲三五、原告春子本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告花子は、日常生活の中で、紙おむつ、ガーゼ、ばんそうこう、ナイロンの手袋、落とし袋、バルム等が終生必要であることが認められ、右費用は本件事故と相当因果関係を有することが認められ、右費用については、月額一万二〇〇〇円をもって相当と認める。
原告花子の症状固定時の平均余命が少なくとも六八年とされていることは当裁判所に顕著な事実であるので、右一万二〇〇〇円の一年分である一四万四〇〇〇円を基礎として原告花子の平均余命に対応する期間の中間利息を新ホフマン方式によって控除して算出すると次の計算式の通り四二一万二〇〇〇円となる。(原告花子主張額一〇六七万六一〇四円)。
(計算式)12,000×12×29.250=4,212,000
7 介護用具費
一八九万一七七六円
前記争いのない事実等、証拠(甲九、一〇ないし一二の各1、2、一三、一七、一八、三一、三三ないし三五、三九、検甲一二ないし一九、二四、二五)及び弁論の全趣旨によれば、原告花子は本件事故により介護が必要になった事実、そのために原告一郎及び春子は電動車椅子・パソコン・ポータブルスプリングバランサー・頚椎装具・テーブルを購入した事実、これらの費用として前記原告花子主張の通り合計八七万六二七六円を支出した事実、及び右介護について介護用ベッド・ベッドマットレス・エアーマット・エアーポンプ・ベッドサイドテーブル・車椅子用レインコート・入浴用椅子を購入するには一〇一万五五〇〇円の支出を要することが認められる。原告花子の障害の症状及び程度に照らすとこれらの介護用具に関する支出は原告花子の介護のために必要と認められるから、右支出は本件事故と相当因果関係があるものと認められる。
なお、被告は、介護用ベッド等の購入については相当程度の補助金が下りるはずであり、全てが損害たり得ない旨主張するが、右補助金は、社会福祉事業の一環として給付されるものであって損害のてん補としての性質を有しないものであり、右被告の主張は理由がない。
8 自宅改造費
七七四万九〇〇〇円
前記争いのない事実等、証拠(甲一八、二〇、二一、二五、三五、三九、検甲一ないし一一、原告花子本人、原告春子本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告花子の介護のためには、原告花子の後遺障害の内容からみて、現在の住居(市営住宅の一一階、床面積58.20平方メートルの三DK)では不適であり、新たに購入する居宅においては、自宅内を車椅子で移動できるようにホームエレベータを設置し、入浴、排便等が容易に行えるように水平トランスファーシステムを設置する必要があること、及び右工事には合計八八二万円の支出を要することが認められる。
ただし、ホームエレベーターの設置については他の家族の利便と生活向上にもつながるものであるから、右設置代金の八割をもって本件事故と相当因果関係を有する損害と認める。
以上より、原告花子の本件事故と相当因果関係を有する自宅改造費は右の計算式の通り七七四万九〇〇〇円となる(原告花子主張額八八二万円)。
(計算式)(5,100,000×0.8+3,000,000+300,000)×1.05=7,749,000
9 車両代 一四一万〇五〇〇円
前記争いのない事実等、証拠(甲一四、二八、三五、検甲二六、二七、原告花子本人、原告春子本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告らは本件事故以前から乗用車を所有していたが、同車両はセダンで、車椅子を積むことができないこと、原告花子が遠方へ外出するためには、車椅子を積める乗用車が必要であり、車椅子を積むためには昇降リフトが必要であること、さらに右外出にあたっては車内で原告花子の導尿をする必要があること、そして導尿のためにはカーテンセットが必要であること、原告一郎は平成五年一二月ころ二四〇万五〇〇〇円で車椅子を積むことができるワゴン車の新車を購入したこと、右車両には昇降リフトの設置が不可能だったため、原告一郎は平成九年三月二四日さらにワゴン車の新車を購入した上、昇降リフト及びカーテンセットを設置し、合計九一万〇五〇〇円を支出したことが認められる。
右支出のうち、新車購入費については、これにより、家族の便にも資するものであるから、右新車購入に要した費用のうち被告に負担させるべき金額としては、右に認定の新車購入、買い替えの経緯も考慮すると、五〇万円が相当である。そして、原告花子の症状からすれば、昇降リフト、カーテンセットの設置に関する支出については本件事故と相当因果関係のある損害と認められるから、原告花子の本件事故と相当因果関係を有する車両代は一四一万〇五〇〇円である。(原告花子主張額三三一万五五〇〇円)
10 後遺障害逸失利益
四六二四万四五六〇円
前記争いのない事実等、証拠(甲一七、一八、三五、原告花子本人、原告春子本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告花子は平成六年三月二六日に症状固定(症状固定時一五歳)となった事実、原告花子は本件事故により後遺障害別等級表一級の後遺障害を残し、その労働能力を就労可能な六七歳までの間にわたり一〇〇パーセント喪失した事実を認めることができる。そこで、平成六年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・女子労働者(一八歳から一九歳)の平均年収は二一〇万四八〇〇円であるから(当裁判所に顕著)、右年収を基礎として一九歳から六七歳までの四八年間の中間利息を新ホフマン形式によって控除して本件事故と相当因果関係を有する原告花子の後遺障害逸失利益を算定すると以下の計算式の通り四六二四万四五六〇円となる(原告花子の主張の通り)。
(計算式)2,104,800×(25.535−3.564)=46,244,560
11 入通院慰謝料 二六二万円
原告花子の傷害の内容、程度、入院の期間、治療の内容等本件弁論に現われた一切の事情を考慮して右金額をもって相当と認める(原告花子主張の通り)。
12 後遺障害慰謝料
二四〇〇万円
原告花子の後遺障害の内容、程度等本件弁論に現われた一切の事情を考慮して右金額をもって相当と認める(原告花子主張額二六〇〇万円)。
13 損益相殺
(一) 特別児童扶養手当について
原告一郎が、平成五年一二月から、大阪市より、特別児童福祉扶養手当として月額五万〇三五〇円の給付を受けていることは当事者間に争いがない。
しかし、特別児童扶養手当は特別児童扶養手当等の支給に関する法律により支給されるものであるところ、右法律は精神又は身体に障害を有する児童について、特別児童扶養手当を支給することによってこれらの者の福祉の増進を図ることを目的としていること、右給付には所得制限があること(同法六条)等からすれば、右手当は社会福祉事業の一環として給付されるものであって、損害のてん補たる性質を有しないというべきである。
したがって、被告の主張は理由がない。
(二) 自動車交通事故センターの介護料について
原告花子が、平成六年一一月一四日から、自動車交通事故対策センターより、介護料として日額二〇〇〇円の給付を受けていることは当事者間に争いがなく、証拠(乙七)によれば、原告花子は、今後職業付添人の付添を受ける際には、日額四〇〇〇円の給付を受けることができることが認められる。
しかし、自動車交通事故センターより給付される介護料については、センターが被害者に介護料の支給をした際にも、加害者に対する求償の規定がないことなどに鑑みると、右給付の性質は、被害者の家庭の負担を軽減するための一種の贈与(見舞金)であると考えるべきであり、損害のてん補としての性質を有しないというべきである。
したがって、被告の主張は理由がない。
(三) 障害基礎年金について
証拠(乙八の一と二)及び弁論の全趣旨によれば、原告花子は、二〇歳に達した後は、年額九九万九四〇〇円の障害基礎年金の給付が予定されていること、原告花子は未だ障害基礎年金の給付を受けていないことが認められる。
そして、右年金は国民年金法によって支給されるものであるところ、同法においては、給付が第三者の行為による場合には、政府はその給付の価額の限度で損害賠償請求権を取得することになる旨の代位規定及び受給権者が第三者から同一事由において損害賠償を受けたときはその価額の限度で給付しないことができる旨の免責規定がおかれている(同法二二条)ことなどに鑑みれば、右年金が損害のてん補たる性質を有するものということができる。
ところで、不法行為と同一の原因によって被害者が第三者に対して損害と同質性を有する利益を内容とする債権を取得した場合には、当該債権が現実に履行されたとき又はこれと同視しうる程度にその存続及び履行が確実であるときに限り、これを加害者の賠償すべき損害から控除することができるというべきであるところ(最判平成五年三月二四日・民集四七巻四号三〇三九頁参照)、障害者基礎年金については、給付義務を負うものが政府であるということに照らせばその履行の不確実性を問題とすべき余地はないというべきであるが、その存続性については、受給権者の死亡等によって受給権の消滅などが定められている(同法三五条)ことなどを考慮すると、支給を受けることが確定していない障害基礎年金については、その存続が確実であるということはできない。
そして、本件においては、原告花子は未だ障害基礎年金の給付を受けていないのであって、その給付を受けることが未だ確定していないのであるから、右将来の給付を損益相殺の対象として控除すべきとの被告の主張は理由がないというべきである。
14 原告花子損害額のまとめ
(一) 小括
以上の通りであるから、原告花子の本件事故と相当因果関係を有する損害は、一億七〇三九万六九一一円となり、前記争いのない事実等記載の既払金三三一〇万六二一九円を控除すると、原告花子の損害の内被告にてん補させるべき金額は一億三七二九万〇六九二円となる。
(二) 弁護士費用 一〇〇〇万円
原告花子がその権利実現のために、訴訟を提起、遂行するに際し、弁護士を委任したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、事案の内容、立証活動の難易、認容額等本件弁論に現われた一切の事情を考慮して右金額をもって相当と認める。
(三) 合計
右(一)に(二)を加えると、一億四七二九万〇六九二円となる。
三 争点3(原告一郎及び春子の損害)について
1 慰謝料 各二五〇万円
原告花子の受傷及び後遺障害の内容、程度に鑑みるならば、原告一郎及び春子の精神的苦痛は原告花子の死亡の場合にも比肩するものであったというのが相当であり、本件弁論に現われた一切の事情を考慮すれば、原告一郎及び春子の各慰藉料は右各金額をもって相当と認める(原告一郎、同春子主張額各五〇〇万円)。
2 弁護士費用 各三〇万円
原告一郎及び春子がその権利実現のために、訴訟を提起、遂行するに際し、弁護士を委任したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、事案の内容、立証活動の難易、認容額の程度等本件口頭弁論に現われた一切の事情を考慮して、右金額をもって相当と認める(原告一郎、同春子主張額各五〇万円)。
四 結論
以上の通り、原告花子の請求は、被告に対して金一億四七二九万〇六九二円及びこれに対する事故日である平成五年七月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、原告一郎、同春子の請求は、被告に対してそれぞれ金二八〇万円及びこれに対する事故日である平成五年七月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので、主文の通り判決する。
(裁判長裁判官三浦潤 裁判官齋藤清文 裁判官三村憲吾)
別紙現場見取図<省略>